98年タイガース戦跡 第124戦(9月20日)坪井夢つなぐ4の2
「気持ちの入り方が違うのは確かです」 PL学園高の先輩、桑田に食らいついた。6回の第3打席。2―2から、勝負球の内角カーブをカットし、次の外角直球を完ぺきに捕らえた。流し打った打球は左翼線を転々。美しい二塁打だ。さらに、9回の最終打席も、2―3から1球カットした後、三遊間への内野安打としてみせた。 中学生の頃、桑田、清原のKKコンビがマンモスを席巻していた。「あのユニホームを着て甲子園に出たい」。東京から大阪に越境留学し、プロ野球選手となるきっかけを作ってくれたのは、桑田の存在だった。そのあこがれの先輩から、21打数9安打で4割2分9厘。チームが0勝4敗の苦手に、一人痛烈な“恩返し”だ。 打席同様、数字上でもしぶとい。2打席目までは二ゴロと左飛。この時点で、3割2分2厘。リーグ5位に転落した。今や日本中が注目する首位打者獲りへ、赤信号が点滅した。だがそこから粘りの2安打。逆に打率を上げて3位とし、再び圏内に返り咲いたのだ。 「坪井の活躍が唯一の救いでしたかなあ」 吉田監督は、ルーキーの大暴れをもって、3連戦に詰め掛けた12万8000人に許しを乞うた。これでホームゲーム(地方球場含む)26勝35敗となり、負け越しが決定。だが、坪井のバットに虎党は満足した。 「それは言えませんよ」。内野安打で出塁した時、やはりPLの先輩清原からホメ言葉をもらった。だが坪井は、内容については、口をつぐんだ。先輩を立てるという礼節。「自分が打ったから勝てた、なんて勘違いしちゃいけない」。高校時代の中村順司監督(当時)の教えは、忠実なまでに守っている。
<写真=6回裏阪神1死、坪井はPLの先輩桑田からレフトへ二塁打を放つ>
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