98年タイガース戦跡 第80戦(7月29日)ハンセン、今季甲子園初サヨナラ弾
【勝】吉田豊 【敗】小林幹
来日初のお立ち台の前に、日本流の儀式が待っていた。一塁ベンチからナインが飛びだし、総出で本塁を囲んでいる。「もうボコボコにされてしまったよ。でも野球をやっていてこんなにうれしいことはない。エキサイトしたね」。ろれつが回らないほど興奮した。遠征先でも楽器店に飛び込みギターをかき鳴らすロックンローラーだが、最高のステージは甲子園だった。 恩返し、あるいは、汚名返上…。メジャーでは代打男にとどまっていたハンセンをシーズン前、吉田監督はこう言って出迎えた。「3番三塁を任せる。彼に監督生命をかけている」。が、3割をキープしたのは開幕7戦目まで。慣れない三塁守備と変化球攻めに、本領を発揮できなかった。 7月に入ると、自打球を3発ぶつけた。右足ふくらはぎと足首が、紫色に変色した。それでもドクターストップがかかるまで、ゲームに出ると言い張った。二軍落ちから再昇格した球宴休み。パウエルと並んで、監督に呼び出された。「後半戦はもっと頑張って欲しい…」。直々のゲキへの返事は、28日の貴重な5号ソロに続く連夜の一発。結膜炎でダウンした兄貴分パウエルの分まで、託された期待にこたえてみせた。 激しく決めた、9カードぶりの勝ち越し。吉田監督は文句なしにヒーローをたたえた。「劇的に勝つことができた。もちろん使い続けるし、打順も上がっていくでしょう」。クリーンアップ復帰も時間の問題。 4月2日、開幕前夜のこと。一軍メンバーが集った“決起集会”で、ハンセンは燃えた。焼肉をつまみに、ビール、ワインと次々グラスを空け、チームメートを驚かせた。「一緒に戦っていこうぜ」。一晩でタテジマ戦士となった助っ人魂は、借金「20」でなえるほどヤワじゃない。
<写真=オレを忘れるな! 延長10回裏、ハンセン(中央)は小林幹からサヨナラホーマーを放ち、雄叫びをあげながら一塁を回る。右は平田コーチ> (30勝50敗) [98タイガース戦跡目次] [阪神情報] ![]() |