98年タイガース戦跡 第66戦(7月7日)猛虎!大魔神打ち逆転サヨナラ
【勝】吉田豊 【敗】佐々木
阪神ベンチはがら空きだ。「ワーッ」。声にならない叫びをあげ、みんなが飛び出した。行き先はただひとつ。二塁ベース上の矢野輝に、次々折り重なった。 すべてをひっくり返した。147キロ、大魔神佐々木が投げ込んだ直球を、矢野のバットが叩いた。「瞬間、抜けると思った」。背走するセンター波留の上を突きぬけ、フェンス手前でバウンドした。二塁から平尾が生還。一塁走者の和田も、ホームに転がり込んだ。大どんでん返し。矢野の一振りで、土壇場9回のサヨナラ劇だ。 ヒーローはナインに囲まれ、ボコボコに殴られた。お立ち台にあがっても、興奮は冷めなかった。何度も何度も両手を突き上げる。「地元(大阪)でのお立ち台は、全然ちゃいます!」。阪神移籍後、地元のトラファンから祝福を浴びたのは、これが初めてだった。
1死から平塚が二塁打を放つが、代打八木が三振。これまでか…。和田が四球を選んで2死一、二塁。矢野は、吉田監督のゲキを聞いた。「学校一緒やからよう知っとるやろ。いけやっ」。 佐々木は東北福祉大の一年先輩だった。「フォークは今ほど落ちなかったけど、速球は速かった」。もちろん忘れられない存在。実は大学進学時、矢野に「プロ志望」はなかった。「野球の指導者を目指していたんです」。みちのくのエリート集団の中でもピカイチだった佐々木の剛球を受けながら、矢野は成長した。90年、中日からドラフト2位指名。今の矢野があるのも、佐々木と出会ったからだ。 「佐々木さんとは差がありすぎ。打てなくて元々です。だから緊張なんて全然しない。あそこも気楽だった。打った球? ストレートしか打てませんよ」。ベンチの「直球狙い」の指示を聞くまでもなく、大学時代何百球、何千球もマスク越しに見てきたストレートを待った。フォークを見逃しした後の2球目を弾き返し、矢野は救世主となった。 「これで野球にくわしくない人にも、名前を覚えてもらえますかね」。98年、七夕。「矢野輝弘」という名の星は、大阪ドームを突きぬけて、輝く一番星になった。
<写真上=日本記録を更新する大魔神もついに力尽きた…喜びの阪神ナインの前でボウ然と立ちすくむ佐々木>
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