98年タイガース戦跡 第39戦(5月26日)川尻がノーヒットノーラン
【勝】川尻 【敗】野口
「やった! やったー!」。両拳を天に突き上げて絶叫した川尻に、矢野輝が突進して抱き着いた。和田が八木が桧山が新庄が猛ダッシュする。そして、ハンセンも…。マウンドで袋だだきの手荒い祝福だ。やった。川尻がドでかいことをやってのけた。プロ野球史上66人目(77回目)のノーヒットノーラン。こん身の110球だった。
「全然、実感が沸きません…。すごいこと、やっちゃったんだなあと。バックのおかげです。でもまさか、自分ができるとは思ってみなかった…」。29歳、長い野球人生、初体験の興奮が全身を襲う。お立ち台の背番号19はろれつが回らなかった。乾いた唇は開いたまま。視線は宙をさまよう。脱税事件の処分明け6試合目のマウンドは、阪神では92年湯舟以来の快挙星。夢か幻か…。自分のしたことが自分でも信じられなかった。 回を重ねるごとに、アウトを重ねるごとに、倉敷マスカット球場2万5000人のファンがどよめいた。1球1球に漂う異様な雰囲気…。だが狙っていた。「意識は6回ぐらいからかな。みんなも『ヤレヤレ』っていうし、どうせならって…」。7回2死二塁、南渕の打球、あわやセンター前への勢いも、死んでも「後ろにはやらない」と、気迫のグラブが打球を仕留めた。 ピンチらしいピンチもなく迎えた9回2死。神野を2―1と追い込んでのあと1球コール。周囲の方が緊張し切っていた。5球目のチップに「三振と勘違いした」トラッキーが、花束を抱えて飛び出した。これには思わず川尻も苦笑い。だが落ち着いていた。7球目。「優勝がかかった時も、こんな雰囲気で投球しないといけないんだなって思って」。最後は矢野輝のサインに首を振ったが「あれは打者へのカムフラージュ」だった。そして、予定通りの外角スライダー。遊撃ゴロに仕留め、球史にその名を刻んだ。 人生初のスポットライトだった。亜大時代は小池(近鉄)、高津(ヤクルト)の控え。2人は常に脚光を浴び、ともにドラフト指名された。だが社会人入りした川尻は、その後2年間鳴かず飛ばず。そんな時、日産自動車村上忠則監督(46)から「最後のつもりで、横から投げてみろ!」とサイド転向を助言された。当時ヤクルトで活躍していた高津に頭を下げ、ビデオ研究し、サイド投法を学んだ。そして開かれたプロへの道…。努力精進なくして、この日はなかった。 「制球、精神力、球のキレ、全部パーフェクトだ。ベンチも一丸になったよ」。福間投手コーチ補佐は目頭を熱くした。2回の打席では自ら2点目のスクイズも決め、連敗脱出への執念を見せた。だが川尻は言う。「いろいろ迷惑をかけた分、もっともっと勝っていかないといけません」。脱税事件関与で出遅れ、チーム低迷の要因を作った責任は痛感。恩返しはこれから、の思いだ。 「大事に飾っておきます」。八木からもらったウイニングボールはそっとバッグにしのばせた。そこに忘れていた笑顔、心からにじみ出るような笑顔があった。 <写真=写真=見事ノーヒットノーランを達成した川尻は、ナインの祝福に雄叫びをあげた> (17勝22敗) [98タイガース戦跡目次] [阪神情報] ![]() |