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井川「楽しめた」17勝目ならずもエースの仕事
その瞬間、勝敗を越えた。笑みが微かに浮かぶ。井川が力の勝負に陶酔した。9回裏1死満塁。ヤクルトの主砲ラミレスを迎えての大ピンチだ。カウント1―1からの3球目。痛烈なライナーが左翼線を襲った。ファウル。ツキはまだある。気力を絞った。こん身のチェンジアップ。打球は捕手矢野の前で跳ねた。矢野が捕球し、本塁を踏んで、一塁転送。起死回生の併殺プレーだ。 「楽しんでいた、というとおかしいけど、勝負どころだったし、抑えられて、ゲームを楽しめた」。 最終的にチームは負けた。井川に勝敗はつかない。ただ神宮の杜で激闘を演じた主役の1人だった。 優勝王手は井川で決める。ベンチとマウンドを固い絆が結んだ。7回に片岡の同点ソロが飛び出し、なおも2死二塁。ネクストサークルでは井川に代わる代打広沢が準備。しかし首脳陣は続投を決めた。佐藤投手コーチは言った。「この試合、彼に任せていた」。結果は空振り三振。それでもエースに託した。 あの日と似ていた。97年夏。茨城県大会決勝の朝、井川は病院のドアを叩いていた。診察時間外。それでも医師を呼び、痛み止め注射を腰に打った。「決勝は井川を投げさせたい」。決戦前夜に水戸商ナインの心は1つだった。腰痛のエースを欠きながら、決勝まで勝ち進んだ。最後は井川で…。しかしその期待に応えられず、決勝のマウンドで沈んだ。 「ケガをせずに、1年間投げ抜きたい」。 今季、周囲からエースと呼ばれても、そんな言葉を何度も繰り返す。あのときの悔しさがあったからだ。誰よりも体調管理に力を入れ、先発ローテーションをチームで1人守り抜いた。そんな井川だからこそ、首脳陣はマウンドを託した。 左ヒザの負傷から中6日の登板。9回2失点、今季最多11奪三振、自己最速149キロをマークした。「サヨナラ負け? 紙一重ですからね」。141球の熱投。胴上げ目前で井川は気力を尽くした。【田口真一郎】
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