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阪神サヨナラ負け王手逃げてもM3!胴上げナゴヤへ持ち越し
あ〜ぁ…その瞬間、全国虎党のため息が一斉にこぼたやろうなぁ。2―2で迎えた延長11回2死満塁。ラミレスに二塁右へ弾き返され、痛恨のサヨナラ負け。神宮胴上げの夢はヤクルトの意地に阻止されました。それでも広島が敗れてマジックは3に減少。最短Vは12日の中日戦(ナゴヤ)。11日こそ王手をかけて、因縁のナゴヤで仙さんの胴上げを見せてもらいましょう。 最短Vは12日負けても流れは闘将にやってくる。延長11回サヨナラ負け。悲鳴と歓声が沸き起こった瞬間、神宮球場での優勝決定は消滅した。同時にナゴヤドームでの胴上げチャンスが、一気に高まったきた。 同点で迎えた2死満塁。ヤクルト・ラミレスの当たりは深い二ゴロ。投手リガンがベースカバーに入っていれば微妙なタイミングだった。だが放心状態のリガンは一塁ベースに走らず、敗戦が決まった。 試合終了後、星野監督は静かにベンチを出た。「こういうときこそ基本に帰らなアカン。井川にしてもホームランのある打者にボールから入るとか、低めに投げるとか…。もう1回、教育し直さないかんな」。確かめるようにそう話した。 脳裏には阪神再建への願いがある。苦悩する老舗球団を立て直すためにやってきた。優勝間近で惜しい試合を落としたこの日も思わず「教育」というセリフを口にした。そこに熱い思いが伝わってくる。 だがこの敗戦は星野監督が強運であることをまたハッキリと示した。広島が中日に連敗しマジック3。優勝決定最短日は12日の中日戦(ナゴヤドーム)となった。マジック点灯は7月8日、故郷・倉敷だった。そして今、歓喜の瞬間は野球人生の大部分を締める名古屋に照準があってきた。 後半戦が始まった7月後半のことだ。名古屋遠征の際、親しい知人と会った星野監督は“本音”を漏らしている。「できることなら名古屋で…という気持ちはやっぱりあるんですよ」。 もちろん阪神監督としての公式発言は違う。強烈な責任感から「甲子園でやりたい」と繰り返している。阪神を、甲子園を愛する監督にすればこれも本当の気持ちだろう。だが運命はナゴヤへと導いている。 中日監督時代の97年1月31日、最愛の扶沙子夫人(享年51)がこの世を去った。ナゴヤドームのオープンはその翌日。生前、島野ヘッドコーチに「ナゴヤドームで胴上げされるお父さんを見たい」と語ったのは有名な話だ。中日の指揮官としてその夢がかなうことはなかった。今、運命はめぐり、タテジマのユニホームでそのチャンスが巡ってきた。 ナゴヤで胴上げ…という問い掛けに監督は無言でバスに乗り込んだ。勝負の世界に個人的な問題を持ち込む訳にはいかない。だが風は確かに、忘れられない場所に向かって吹いている。 【高原寿夫】
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