| 第97戦 (8月10日) |
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桧山、球団タイ26戦連続安打打率5位に浮上「.313」阪神の桧山進次郎外野手(32)が26試合連続安打の球団タイ記録だ。4回の第2打席で、中日先発バンチのフォークを逆らわずにセンターへ弾き返し、99年大豊(現中日)の球団記録に並んだ。勢いに乗り3安打の猛打賞で打率も3割1分3厘とし、打撃ベストテンの5位に浮上。桧山の夏はノンストップだ。
3安打で決めた選手会長・桧山が球団史にその名を刻んだ。「バース越え」を決めたのは4回表、第2打席だ。1死三塁。0―1からの2球目、131キロ外角低めフォークを中前に弾き返す。先制タイムリーだ。この瞬間、バースの25試合連続安打(83年)を抜き、99年に大豊(現中日)がマークした「26試合」に並んだ。 「追い込まれる前に勝負しようと思った。果敢に攻めていけば、必ず好結果につながると思い、スイングした」。中日先発は難攻不落のバンチ。だが、好調・桧山の技術が、気持ちが勝った。均衡を破る先制打で自らの記録に花を添えた。
くしくも“同じ舞台”から快進撃は始まった。7月3日の対中日戦(ナゴヤドーム)、8回表、代打で遠藤から中前打を放ったのがスタート。それから26試合。「不動の4番」として名古屋に戻り、記念打を決めた。名古屋には昨年11月に入籍した紗里夫人(24)の実家がある。桧山が新妻の故郷で歴史を塗り替えようとしている。 球団表彰も検討頼もしい4番だ。6回に右前打、8回には左腕岩瀬から左前打。中、右、左と鮮やかに打ち分けた。しかも投手の左右も関係ない。“安打製造マシン”と化してから103打数44安打、打率4割2分7厘。26試合で6度の猛打賞。観戦した野崎勝義球団社長も「何らかを考えています」。球団表彰などのプランが浮上していることを示唆した。阪神ファンの「希望」もつなぎとめている。 とはいえ、喜んでばかりはいられない。この日もチームは敗れ、借金は今季ワーストの15に膨らんだ。試合後、桧山は「それ(記録)はあまり気にしてないです」と個人記録について封印。「それより、ハンセルもいい投球をしていたし…。相手投手がいいから簡単には(点が)入らない。でも、こういう試合を何とか取っていかなくては」と悔しさをにじませた。 11日、球団新記録の樹立がかかる。79年、高橋慶彦(広島)がマークした日本記録「33試合」もかすかに見えてきた。フォア・ザ・チームに徹する桧山はあくまで自然体で挑む。もちろん、記録更新の日は、チームの快勝と弾けんばかりの笑顔がふさわしい。 広沢内野手(好調桧山に負けじと2安打)「必死だよ。桧山が打つからチャンスをつぶさないようにと必死だよ」
浜中、ブレーキ4タコ浜中が途中でベンチに下がった。7回2死満塁の場面で中飛に終わった。結局は4打数無安打。8回の守りから、坪井と交代した。「調子が戻ってきたといっても打てない時もある。(自分としては)調子は悪くない」。東京ドームでの巨人戦では2本塁打を放つなど3番としての役割を果たした。この日は、一転して急ブレーキがかかったが「気にしていない」と、気持ちを入れ替えていた。 ハンセル5回KOハンセルが悔しい黒星を喫した。3回まではほぼ完ぺき。4回には打線も1点援護。理想的な展開だったが、その裏、2死三塁から8番中村に痛恨の同点右前打を浴びた。中村を歩かせて9番バンチと勝負の作戦もあったが、ハンセルが勝負にこだわって裏目。5回には立浪に2点三塁打を浴びてKOされた。「(中村とは)本人が勝負したいと言ったみたい…。取った後にすぐ点を取られてはアカン」と松井ヘッド。ハンセルも「踏ん張らねばならないのに残念」と頭を垂れていた。 (41勝56敗:5位) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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