| 第70戦 (6月30日) |
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藤本が左ひざ負傷、全治6週間併殺プレーで土橋と交錯藤本敦士遊撃手(24)が6月30日、対ヤクルト15回戦(甲子園)で、左ひざ負傷で全治6週間(安静2週間)となった。4回表無死一塁の場面の併殺プレーで一走土橋と二塁ベース上で交錯、左ヒザを負傷した。大阪市内の病院で検査を受けた結果、左ひざ内側側副じん帯損傷で全治6週間の診断を受けた。1日に出場選手登録を抹消、代わって左手甲骨折から復調した沖原佳典内野手(28)が昇格する。
泣きっ面にハチや…激痛をこらえきれなかった。顔をしかめて、藤本が倒れ込んだ。4回表、無死一塁からの石井一の投前バント。併殺プレーで、二塁ベースカバーに入った遊撃手藤本は、一走土橋の激しいスライディングをよけ切れない。土橋の体が左ひざに押しかかり、交錯しながらも二塁はアウト。一塁への転送は悪送球となり、そのままベース横に倒れ込んだ。
平田コーチにおぶられてベンチへと下がった藤本は、試合中に大阪市内の厚生年金病院へ直行。「左ヒザ内側側副じん帯損傷」で全治6週間(安静2週間)の診断が下った。ゲーム後、松葉杖の痛々しい姿で現れた藤本は「あまり覚えてないです。長引く? しょうがないです」とうつむいた。猿木チーフトレーナーは「早く治ることもある。(全治は)ゲーム出場までのメド」と説明。前半戦は絶望なうえ、このアクシデントで選出されていたフレッシュオールスターゲーム(7月20日・東京ドーム)も辞退せざるをえなくなった。 F1セブンの一員・藤本は、低迷するチームにあって活躍が目立っていた。打率こそ2割5分6厘だが、赤星、浜中らと組んでの「平成の新少年隊」は、上位打線は6月中旬の連勝劇の立役者だった。 その藤本に代わって、1日、左手甲の骨折から復帰した沖原が緊急昇格することが決まった。まだ2軍で2試合を消化しただけだが、通算8打数4安打と打撃も問題なし。奇しくも、4月12日の沖原骨折後に昇格し、活躍したのが藤本。今度は沖原に起爆剤の期待がかかる。 4番浜中「4の3」唯一の救い“国産打線”石井一攻略出来ずクルーズ、エバンスが先発から外れた国産打線が石井一を攻略できず、折り返しとなる70試合を借金「14」のターンした。「エバンスは自打球。クルーズは左にダメだから」。柏原打撃コーチが天敵・石井一に対して組んだ苦肉の国産打線を説明した。エバンスは、6月29日のゲーム中に自打球を当てた左足に痛みが残っていた。「徐々に良くはなってる」ものの、1日以降も「トレーナーと相談してから」となる。 救いは4番浜中が4打数3安打と気を吐いたことだった。「チームの勝ちにつながらないのが悔しい」と試合後の表情は硬かったが、打率も2割9分3厘まで押し上げ、3割も見えてきた。 福原、中継ぎで登板右腕エースの福原が今季初めて中継ぎに起用された。7回から登板してラミレスに右前打されるなど走者は出したが、1回を無失点で切り抜けた。先発15試合で4勝8敗。結果が出ない状況での登板に、八木沢投手コーチは「調整です」と中継ぎ降格を否定。しかし福原は「中(継ぎ)に入ると言われてましたから」と言い、松井ヘッドも「いろんな意味あいがあってな」とセットアッパーへの配置転換も視野入れた登板を示唆していた。 (28勝42敗:6位) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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