野村阪神TOPへの道 阪神 5―0 ヤクルト(4月23日)  

今も生きる「運、鈍、根」

 開幕から20日余り、ようやくささやかな願いはかなえられた。地元甲子園に勝利の歌「六甲おろし」をとどろかせること…。藪が完封した。帰って来たブロワーズが先取点の口火を切った。仕上げはジョンソンの4号アーチ。4連敗だった甲子園で、野村阪神は初めてファンと勝利を分かち合うことができた。

 試合前のことだ。野村監督は「運というものの正体をつかみたいものや」と話し始めた。「努力しても報われない人もいれば、その逆の人もいる。運とは何なのか…」。そこから話は、占いに転じていったのだが、そのとき野村監督の頭の中には藪の存在があったに違いない。

 開幕の巨人戦は7回、次の広島戦では6回、そして1週間前のヤクルト戦では9回を投げ切った。その22回の間に、味方が奪ってくれた得点はわずか1点に過ぎない。まさに藪は孤立無援のエースであった。0勝3敗の数字には、不運がいっぱいにこもっていた。

 野球に関しては、恐ろしいばかりに理詰めの野村監督が、まだ青年監督と呼ばれていたころだ。「ピッチャーだけは理解できない。彼らは一段高い所(マウンド)に立っていて、自分が投げない限りは野球というゲームは始まらない。そういうことにずっとなじんでいるからか、同じ野球選手といっても、我々とは全然違うように思うんや」という話を聞いたことがある。理論派監督をして不可解なのが、実は「運」と「投手」だったのかもしれない。

 藪は素晴らしい投球だった。打たれた安打は5本、奪った三振は9個を数えた。4回先頭のペタジーニにレフト左にヒットを飛ばされながら二塁で殺したから、無死からの走者は1度も許さなかった。完ぺきにヤクルトを抑え込んだ。しかも打席でも気迫をみなぎらせ、2安打を放った。「負けていることなど気にせず、必死に投げた」と藪はいう。技術的にも最高だったが、そのけなげな精神が運までを呼び込んだのだ。

 投手は自らの力で運まで引き込める存在、とでも規定すればよいのだろうか…。野村監督が不可解とする「運」と「投手」が、これ以上ないほど幸せに絡んだ素敵な夜であった。

 「運、鈍、根」。南海の捕手時代、そうサインに書き込んだ。その言葉は、今も別に古びてはいない、と思う。いや、これからの野村阪神に必要なことを、案外その平易な言葉が暗示しているような気さえする。

  (編集委員)

99年4月24日付紙面掲載


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