野村阪神TOPへの道 阪神 6―2 広島(4月7日)  

「積極走塁」見事に結実

大技ダメなら“小技”

 年に1度のスーパープレーが飛び出して、阪神が逆転勝ちを収めた。0―2で迎えた8回、坪井、平塚、今岡の安打と小マメに足を使った攻めで3点をもぎ取る。その直後だ。1死満塁、打者星野の場面。1―1からの3球目にスクイズが一塁前に転がる。三塁からジョンソン生還。そして何と二塁から今岡がホームへかえって来たのだ。鮮やかな2ランスクイズ!

 その瞬間、ネット裏で見ていた本紙評論家の広瀬叔功さんも興奮を抑えられない様子だった。「62年間生きて来て、このプレー(2ランスクイズ)を見るのは3回目やで」。意外なことにイダ天・広瀬が究極の足技とも言える2ランスクイズとは、ほとんど縁がなかったのだ。

 最初は1954年(昭29)、高校3年の夏だったという。大竹高のエース広瀬は呉三津田高に2ランスクイズを決められ敗退する。「そんなのがあることも知らなかったなあ。2度目は南海時代、上田阪急にやられた。ノムやんが監督でカリカリ来ていた。そして今回。星野のバントも、今岡もうまかったが、三塁コーチの福本の判断も実に良かった」。

 ブロワーズが一時帰国して、打線は小粒になった。7回までミンチーを打ち込めず、0点が続く。大技がきかないなら、小技を駆使するしかない。

 7回は1死から坪井のヒットが発端だが、相手投手の暴投、左翼手のファンブルなどを見逃さず、阪神のランナーは果敢に先の塁を陥れていったのだった。そして仕上げの2ランスクイズ…。キャンプから目標に掲げて来た「積極走塁」が、かくも簡単かつ見事に結実するとは、あまりに出来過ぎの感じがするけれど、ともかくそれで阪神は勝ったのだ。

 そんな試合を目の当たりにした広瀬さんは「ハデなプレーに目を奪われがちだが、2回のジョンソンの守りで追加点を阻んだことも大きかった」という。1点先取され、なお2死一、三塁の局面だった。広島は一塁へのけん制の間に重盗ねらいに来た。そのとき、ジョンソンは二塁へ擬投して三塁走者緒方をおびき出し、本塁で殺している。

 野村阪神は年に1度のプレーであっても、キャンプから地道に練習してきた。守りと走塁は表裏一体。攻めは守りに、守りは攻めにつながるのだ。表も裏も「良い目」が出て、さだめし野村阪神満開の夜であった。

  (編集委員)

99年4月8日付紙面掲載


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