ノムさんの得意技 出ていたら…
「1―2」からピッチドアウト
広島市民球場の隣にある「そごう」で広島東洋カープ創立50周年記念展が、この日から始まったので、試合が始まる前のぞいてみた。「広島カープス 中央リーグへ」。プロ球団・広島にまつわる最初の新聞記事の見出しだった。カープスはカープ、中央リーグはセ・リーグのことである。
記者席で本紙評論家の広瀬叔功さんに「そのころのこと、覚えてます?」と尋ねると「覚えとるよ。子供心に広島にプロ野球が出来たんか、と感慨深かった」という答えが返って来た。「高校(大竹高)のとき、学校近くの警察病院のグラウンドで広島―巨人戦があった。ボールボーイで駆り出されて、プロ野球がただで見られるとうれしかった。行ったら、野原に縄を張り巡らしただけの所やった。ファウルの球拾いが忙しくて野球が見られなかったな」。今は昔の懐古談。
そんな話をしていたら、阪神が初回に幸先良く2点先取。ところが、その裏、中込が浅井、江藤に本塁打されて、瞬く間に同点。そして3回、1死から中込が野村に左前打される。次打者は左の浅井。1球目ボール。2球目、高めにウエストすると野村はスタートを切っただけで、一塁へ戻った。3球目ストライク。
1―2となったところで、広瀬さんは「1―2からピッチドアウトするのが、現役時代のノムやんの得意技やったな。ここは外させるのと違うか」とささやく。確かに一塁走者野村は走って来た。ところが阪神バッテリーはストライクを取りに行ってファウル。2―2になってからもウエストの気配なく、野村が走って浅井が打つ(一ゴロ)エンドランの形で、二塁へ進められた。続く前田の適時打で、3点目を奪われた。
「開幕から3連敗の広島は勝ち越し点を取れたことで、余裕を持って戦うことができるようになった。その結果が阪神の大敗となった。1―2から外すのは、四球の危険性を増大させるリスキーなものだが、この日は広島に絶対に先手を許さないということが、阪神が勝つ条件やった。もしあそこで外して、野村をアウトにしていれば、その後の展開は変わったと思う」と広瀬さん。
野原の野球から50年…。球場も立派になったが、速い球を投げて豪快に打つだけの野球から大きく様変わりした。ともあれ達川新監督に初白星を贈って、野村阪神2勝2敗の5割である。
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