18年前のVカウントダウンをニッカン式テーブルで再現


85年あの日の猛虎

優勝  85年10月16日・ヤクルト戦


よっさん舞った歓喜V

9回掛布39号、佐野犠飛で同点


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<写真=10月16日のヤクルト戦、優勝が決まり胴上げされる吉田監督>


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<写真=最後の打者を打ち取り喜ぶ中西。捕手木戸>


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 ◆10月16日(神宮)阪神5―5ヤクルト 6時30分開始のヤクルト戦は、延長に突入。10回、引き分けとなった。時刻にして9時59分、ヤクルト角の投ゴロが中西から一塁手・渡真利と渡りゲームセット。神宮の杜に吉田監督が舞った。この試合、4回には真弓、5回にはバース、9回には掛布が祝砲。1点ビハインドの場面では、佐野が犠飛を上げて同点とした。



吉田義男氏が回顧…ファンの前で「日本一になります!」

 優勝した瞬間ね、そりゃ覚えてますよ。神宮は阪神ファンでものすごい盛り上がりでしたからね。ヤクルトの田口社長(当時)がね、僕のとこに来て『このままじゃファンが帰りませんし、収拾がつきません。これを収めるためにも、監督がマイクを持って挨拶して締めてください! 』みたいなこと言われましてな。ほんま、困ったことになったと思いましたんや。

 しょうがないから、マイクを握りました。何を言った? ええ、スタンドのファンに向かってですね、まっその〜っ…。『ご声援ありがとうございました。セントラル・リーグのために日本一になります!』ってね。そうやったんです。えらいことでしたな。

 優勝した試合は、9回に同点に追いついたんです。掛布がホームランを打って、岡田が二塁打で続いて、北村が送ったんですわ。代打の場面でした。ベンチには弘田と佐野がおった。迷ったんですが、最後は生え抜きの佐野を起用したんです。センターへの犠牲フライで同点にしてくれましてね。引き分けで優勝したんですわ。ビール掛けですか? 中西(清起)がいちばん僕にビールを浴びせてくれましたわ。現役で2回、監督としても日本一にしてくれた阪神には感謝しています。幸せな男です。はい。(日刊スポーツ客員評論家)


85年10月16日「あの日の猛虎語録」

 吉田監督「この栄光は、すべて多くのファンの皆様のお陰と思っています」

 掛布「9回表の39号は、生涯忘れられないホームランになりました」

 岡田「もう阪神では優勝できないかも、とも思った。でも、阪神で優勝したかった」

 長崎「移籍した1年目で、こんな喜びをかみしめられるなんて、もう最高」

 佐野「大学時代(中大)に2度、優勝しているけど、全然違います、うれしさが…」

 中田「自分の成績とチームの優勝が結びついた二重の喜びです」

 弘田「優勝は野球をやって初めて。だから、うれしい」

 福間「微力ながら貢献できたし、人生最高の年でしょう」

 池田「ヒジ痛に悩みながら出発したシーズンに、優勝できて感慨もひとしおです」




2003年9月8日付紙面掲載


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