阪神 1―3 中日 (7月28日・甲子園) | ||||
高校野球の悔しさが闘将の原点
高校野球の地方大会たけなわ。この日は、全国16地区で決勝が行われた。試合前の甲子園、しゃく熱のグラウンドを見て、星野監督は「高校野球は大変だなあ」とポツリもらした。 この日、岡山県では決勝戦が行われ、星野監督の母校・倉敷商が玉野光南を相手に戦った。報道陣から途中経過を聞き「負けてる? きのうのうちと同じやな」と苦笑い。倉敷商は追い上げたものの及ばず、3―7で敗退。「負けたんやな」と言って後は言葉を飲んだ。自分と同じ運命をたどった後輩たちへ、しばし思いをはせたのだろうか。 「決勝で負けたらアタマにくるなあ。オレも決勝で負けた。あの日のことはよう覚えてるよ。4番で3三振した。悔しくてなあ」。 それは、負けん気の強さが持ち味の星野監督の原点だった。高3の夏、倉敷商は岡山県予選を勝ち、岡山・鳥取両県の1、2位チームによる代表争いにコマを進めた。準決勝の対米子東戦では自らの二塁打でサヨナラ勝ちしたが、決勝の対米子南戦では力投及ばず、2―3で涙を飲んだ。 「春の練習試合でコールド勝ちしていたので、どこか軽く見ていたのではなかったか。試合後の表彰式では、ずっと空を仰いでいた。すまない、という気持ちで胸が一杯だった。家に帰ると、押入れに入り、布団をかぶって泣いた」と著書「勝利への道」(文春文庫)に書いている。 刻み付けられた無念の思い。この体験が闘将星野に筋金を入れたのは間違いない。悔しさをバネに、決してあきらめない戦いを続ける。今まさしく阪神に求められている精神ではないか。 桧山、今岡に加え、この日はアリアスまでがノドを痛めてスタメンから消えた。八木3番、広沢4番の純国産打線は、満身創痍(い)のトラの“明日なき戦い”の証明だった。 先発藤川が失った3点を懸命に追った。6回、広沢のタイムリーで1点を返した。7回には、2死一塁からアリアス、今岡と代打攻勢をかけた。なりふり構わぬ戦いは、まるで決勝戦のようでもあった。だが、及ばず。阪神はまた悔しさを積み重ねてしまった。 【安永五郎】
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2002年7月29日付紙面掲載
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