星野阪神を追う「虎劇場」

  阪神 4―3 中日 (7月26日・甲子園)

ドロ臭さの中に漂う迫力…関本

星野阪神を追う「虎劇場」

 巨人戦直後なのにモチベーションは低下していなかった。3夜連続のサヨナラ勝ち。暑苦しさを忘れさせてくれるミラクル劇…。

 藪に桧山が倒れ、今岡までが試合に出られない。選手の故障で陣容が流動的なのは、プロ野球ではいわば予定調和であって、不運の裏には幸運がひそむ。主力のケガは控えのチャンスなのだ。この夜のヒーローは矢野なのだが、今岡に代わってセカンドを守った関本も5回は死球、9回は内野安打で奇跡の舞台を整えた陰の功労者だった。

 「石の上に3年、ベッドの上に2年いた」と、お父さんが絶妙の表現をした関本は、故障がちな選手だった。天理高からドラフト2位で入団。その時の3位が浜中だから、彼は浜中以上の素質を見込まれた高校生であった。しかし、素質は容易には開花しなかった。とにかく彼は「病院のベッドに2年」いたのだ。

 今季、片岡の故障で1軍昇格、ある程度働いたがポジションを奪うまでには至らなかった。21日の横浜戦で9回2死から代打同点本塁打。そして今岡の故障でまたチャンスが巡ってきた。かいがいしく働く関本を見ていて、ドロくささの中に首脳陣やファンに何とかして認められたいというひたむきなハングリーさを感じた。打席でも守備位置でも、独特な迫力。この姿が、どこか懐かしい。

 かつて故村山実さんが監督の時、打者に「苦手な投手と得意な投手」を書かせたことがあった。数字によるデータだけでなく、選手の肌感覚を知っておきたかったのだ。その調査用紙に「苦手=なし。得意=全員」と書いた男がいた。ナニワの春団治・川藤幸三さん(52=野球解説者)だ。「ワシら補欠が苦手投手なんて書いたら一生使うてもらえんやないか。どんなピッチャーでも得意、そう書くのがワシの生き方や」。

 執念であるとか根性という言葉がこのチームから消え去って久しいけれど、そんな男もかつてはいたのだ。そして、関本には、川藤さんと同質のたたずまいが確かに漂う。モチベーションを持続し、サヨナラ勝ちを呼んだのは、力でも技でもなく、おそらくはそんな精神性なのだった。

【井関 真】


2002年7月27日付紙面掲載


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