星野阪神を追う「虎劇場」

  阪神 2―12 巨人 (7月6日・東京D)

強敵だからこそ立ち向かえ

星野阪神を追う「虎劇場」

 その男は逃げることが嫌いだった。ドラゴンズに入団し、デビュー戦で2安打完封。1年目に17勝19敗、防御率1・71、2年目はノーヒットノーランを含む20勝12敗、防御率1・15。チームを、巨人に次ぐ2位に押し上げた。これほどの投手が、たった2年で姿を消してしまった。

 男の名は石丸進一。昭和16年、佐賀商業から名古屋軍(現中日)に入団した伝説の投手である。彼は昭和18年、学徒動員で兵役につき、20年5月11日、海軍少尉として鹿屋特攻基地から飛び立ち、海に散った。

 出撃の朝、10本だけキャッチボールをした。「野球が好きで好きでしようがなかった」男の叫びが心に残った。「オレから野球を奪ったのはどこのどいつじゃ」。生きていれば200勝も300勝もしたはずの剛球投手から野球を奪ったものへの痛切な思いが、そこに込められていた。

 先ごろテレビでやっていた映画「人間の翼・最後のキャッチボール」(岡本明久監督)を見て、今、野球に熱中できる幸せを実感した。どんな時でも真っ向勝負を挑んだ石丸投手に、同じドラゴンズの熱血・星野投手の姿がダブッた。目いっぱい野球に打ち込むこと、逃げずに強敵に立ち向かうこと、それこそが男・星野の生きざまではないか。

 阪神が首位にいたころ、巨人に1ゲーム差と迫られたとき、星野監督は「大変? そんなもん。戦車が100メートル先に来たなら大変やけどな」と笑い飛ばしたものだ。星野監督は分かっている。目いっぱい野球ができる幸せを。

 この日、星野監督は昼食にいつも決まっていたオムライスをやめてトンカツにしたという。せめてものゲンかつぎか。巨人について「充実しとる。打つべき人が打ってるチームは強い。うちもそうならなあかん」と打線爆発に期待を込めた。

 だが…。この夜も頼みのカーライルが3回に4点を奪われる苦しい展開。7回に浜中の1発などで2点を返したが、反撃もそこまで。強大な敵の前にあえなく撃沈してしまった。惨敗。遠のく夢。もう一度、新生阪神らしい目いっぱいの野球をしてほしいと思う。

【安永五郎】


2002年7月7日付紙面掲載


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