2002年ニュータイガースへ

never never surrender

強固なセンターライン確立せよ

安芸のポイント
吉田義男
<下>

併殺とれる二塁手育成を

 野球でバッテリーの次にボールを扱う機会が多いのは、ショートであり、セカンド、外野では中堅です。チームが勝つためにはこのセンターラインの確立が近道です。

 優勝した昭和60年、わたしは思い切ったコンバートをしました。その成否のカギを握ったのが岡田(現阪神2軍監督)です。彼は当時、外野を守っていたわけですが、ある時、わたしは内野で練習していた岡田のプレーにふと目が止まった。「塁上のプレーが非常に強い子だな」。そう思ったわたしは、一枝コーチに相談して、岡田を二塁に配置転換することを決断したのです。岡田も野球生命を賭けてくれました。だから打撃も開花したのと違いますか。

 また、捕手のポジションも笠間、山川(現フロント)では弱かった。そこで思い切って木戸を抜てきした。プロでの経験は浅く、最初は本人もピンときてなかった様子でしたが、徹底的に鍛え上げました。そして平田をショートに、真弓(現近鉄ヘッドコーチ)を遊撃から外野にコンバートしました。真弓が外野転向をすんなりと受け入れてくれてわたしは安堵しました。と同時に、わたしにはかすかな手応えが芽生えてきたのです。「これで優勝争いができる」。なにか自信めいたものが胸の奥にこみ上げてきた。

 センターラインという意味では、まずは投手陣の整備でしょう。中日時代の星野は、抑えをうまく使いながら戦ったイメージがあります。しかし、わたしはあえて野手の底上げにこだわりたいと思うんです。今岡、田中、上坂、沖原、藤本ら数は揃いますが、まだまだ高度な技術を求めないと勝てないでしょう。それも野手のキーポイントになるのは二塁です。近代野球では「1人の打者で、2つのアウトをとる」のが醍醐味。つまり、岡田がそうだったように、併殺のとれるセカンドを育成することが最大の理想です。今岡あたりは、もう危機感をもってキャンプに臨まないといけません。

 最後に、キャンプの裏で目立ちませんが、フロントにもしっかりと舵取りをしていって欲しいものです。昭和60年代は「タイガースの時代にしよう」と思っていました。それが志半ばになってしまいましたが、今思えば「もっとフロントとケンカをしながらチーム作りをしていくべきだったかな」という反省もあるんです。チームを作るのはフロントの仕事です。フロントにはしっかり星野体制を支えるとともに、明確なビジョンを示しながら再建に取り組んでもらうことを望みます。

(日刊スポーツ客員評論家)


2002年1月31日付紙面掲載 


[安芸のポイント 目次]
阪神 | 野球 | 広島 | サッカー | スポーツ | 競馬 | 芸能 | レジャー
Home