阪神 4―3 ヤクルト (9月11日・神宮) 

勝利を呼んだ平下“勇気ある盗塁”

グイッと搾りたてコラム「ナマ虎」

4月の風を思い出させた

 初勝利に泣く藤川に、やさしいまなざしを送っていた。「よかったですよ。やっと勝つことができて」噴き出す汗を拭おうともせず、こう続けた。「いつも必死に耐えて投げていた。だけど、どうもしてやれずに。僕ら先輩が不甲斐ないばかりに。だから、きょうはなんとかしたかったんです」。平下は我が事のように喜んでいた。

 藤川のプロ初勝利を呼び込んだのは、間違いなく平下のワンプレーだった。9回、アリアスの2ランが出た直後、二塁打で出た平下は藤本の2球目、思い切って走った。勇気のいる盗塁だった。しかし、この勇気が大きな、大きな1点となり、チームに勇気を与えることになった。

 神宮はなにが起きても不思議でない球場だ。2点差で迎える最終回と、3点差では大きな違いがある。実際、バルデスが9回裏に城石に2ランを浴びた。あの平下の三盗がなければ―結果論ではなく、あのワンプレーの価値は高まる。

 試合前だった。平下は吉竹、松山の2人のコーチに呼ばれた。特別に意味を持つ指令だった。「いいか、迷うな。いけると思えば、思い切っていけ。いいな、迷いは捨てろ」。この言葉だけで十分だった。結果を恐れ、ついつい腰を引いていた自分に気がついた。

 星野阪神は恐れを知らない集団だったはずだ。挑戦し、これまでの殻を破る事が目標だったはずだ。ところが、前半の進撃によって守りの意識が芽生え、そこで成長が停滞してしまっていた。たったひとつの盗塁、それは忘れかけていた4月の風を思い出させてくれた。

 「コーチに言われて、前しか向かなかった。モーションを盗めば、絶対セーフになると確信していましたよ」。地味な男が、ひたむきさを出した。この勇気がチームに伝われば、まだまだ進化する。「ひたむき? 僕はヘタですから、それしかないです」。ニコッとした平下の顔が輝いていた。

【編集委員・内匠宏幸(たくみ・ひろゆき)】


2002年9月12日付紙面掲載


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