球団役員はもっとマスコミの前に出てほしい

星野への軌跡

チーム強化はフロント次第

 ユニホームを脱いでから広報や営業担当として21年間、阪神にお世話になった。多くの監督に仕えたし、多くの球団首脳とも関わってきた。

 球団社長として古くは小津さん、中埜さん、見掛さん、三好さん、高田さん、そして野崎さんと、それぞれに思い出がある。監督問題で苦しい思いをされたのが小津さんであり、中埜さんはその年の優勝を見ることなく、85年8月、日航機事故に遭われ、亡くなられた。その無念を察しながら、天国に届けた優勝だった。

 さらに村山さんのあと、一枝さんに決まっていた次期監督問題で、一枝さんが突然の辞退。あの時の社長だった見掛さんも悩んでおられた。三好さんもスポーツ紙が先行して退陣を報道。「僕はまだ何も聞いていないし、知らないんだ。マスコミにはどう話したらいいのか」と相談を受けた。「ありのまま答えればいいんではないでしょうか」と答えたが、実際、本人の知らないところで人事は進められ、三好さんはその直後に退陣した。辛そうな顔はいまも忘れられない。

 そんな球団史の中で生きてきた者として、自分の考えを記したい。ここ最近になってようやく本社と球団の風通しがよくなった。それは野村、星野という外部の実力派監督が、真剣にタイガースのことを考え、本社オーナー、社長に、これからやるべきことを時間をかけて説いてきたからだ。

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 問題はここから。今後のタイガースのことを考えるなら、球団社長は本社の役員が来るべきだと私は思う。本社内で力があり、発言力のある役員が球団社長に座れば、諸問題も即決できるし、本社への報告ももっと簡単に運ぶはずなのだ。事後処理とまでは言わないが、球団内で決済できる首脳がいれば、球団運営はスムーズに運ぶに違いない。

 さらに言えば、球団の役員の方にはもっとマスコミの前に出てほしい。現状を説明し、まだ決定していないものには、その通り、マスコミに伝える。そうすることによって、マスコミと協調できるし、憶測で記事化されることもなくなっていく。

 チームを強くするのはフロント次第である。お世話になった人間としては言い過ぎだろうが、今後のタイガースは球団役員にかかっていると私は感じている。

<写真=85年10月16日、セリーグ優勝の祝勝会で、故中埜社長の遺影の前にビールを注ぐバース>


 本間勝(ほんま・まさる)1939年(昭14)5月1日生まれ、63歳。愛知県出身。中京商から58年、阪神に入団。60年5月15日の巨人戦でプロ初勝利を挙げ、同年13勝をマークした。66年に西鉄に移籍し、67年のオフに現役引退。実働10年で216試合に登板。28勝38敗、通算防御率2・86.引退後、新聞社に勤めスポーツ記者を経て、阪神球団に勤務。広報担当として活躍。名物広報として阪神の激動史に携わってきた。



2003年1月23日付紙面掲載


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