とにかく頑固…最強助っ人バース

星野への軌跡

シーズン序盤で帰国し戻らず

 掛布が引退した88年、そのシーズンの序盤でアメリカに帰国し、そのまま戻ってこなかったのがバースだった。

 今季もまた新外国人選手が2人決まった阪神だが、長い歴史の中、最強の助っ人はだれか、と問われれば、まずみんながバースと答えるだろう。それほど傑出した成績を残し、阪神の大功労者になった。

 そのバースには、実はいろいろと苦労させられた。広報担当と外国人選手というのは、普通、それほど接点はないが、バースくらいメジャーになり、長く在籍していると、アクシデントやハプニングが起こり、それに広報担当が対応することになる。

 バースが1度、大変な剣幕で私のところに飛んできたことがあった。ある年の中盤、試合がなかった日、バースはプライベートでゴルフを楽しんだ。シーズン中のゴルフは禁止なのだが、バースはお忍びでプレーしたわけ。ところが、どこで情報が漏れたのか、写真週刊誌にプレーしている写真を掲載された。

 これを見たバースは烈火の如く怒り、私に「どうしてプライベートの時まで、ついて回られるのだ。抗議してほしい。訴えてほしい」と迫った。

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 外国人選手が日本で最も戸惑いを覚えるマスコミのあり方。「プライバシーを守れ」とバースは、それ以来「どんな取材も一切受けない」とこちらに伝えてきた。かなりの期間、これを貫き、最終的にバースは折れたが、とにかく頑固な助っ人だった。

 自動車を運転してスピード違反で捕まったりもしたが、最後は球団とモメた末の退団。長男の病気治療に付き添うため日本を離れ、そのまま阪神には帰ってこなかった。その間、契約問題がこじれ、悲劇(当時の代表の自殺)まで起きた。88年のことを思い出すと本当に胸が痛む。

 チームに溶け込み、選手とコミュニケーションを図って成功したバース。3冠王を2度獲得した怪物だったが、その去り際を振り返ると、複雑な思いはいつまでも消えない。

<写真=最強の外国人だったが、頑固な性格で広報担当を困らせたバース>


 本間勝(ほんま・まさる)1939年(昭14)5月1日生まれ、63歳。愛知県出身。中京商から58年、阪神に入団。60年5月15日の巨人戦でプロ初勝利を挙げ、同年13勝をマークした。66年に西鉄に移籍し、67年のオフに現役引退。実働10年で216試合に登板。28勝38敗、通算防御率2・86.引退後、新聞社に勤めスポーツ記者を経て、阪神球団に勤務。広報担当として活躍。名物広報として阪神の激動史に携わってきた。



2003年1月19日付紙面掲載


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