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野村→星野 外部招へいの成果が花開く時
「野村の考え」に肉付けされる2年目星野阪神星野監督と野村さんには共通点がある。いい指導者の条件とでもいうのか、2人ともとにかく決断が早い。こうと決めたら、ためらわずに動く。後ろを振り返らず、前進あるのみ。激しい性格の星野監督ならなるほどとわかるが、オットリしているようで、ノムさんもそうだった。 私は投手出身で、現役時代の記録といえば64年、甲子園での巨人戦で王(現ダイエー)監督に4打席連続本塁打を浴びた試合の4本目を打たれた投手。誇れるような成績もなかったが、それでもノムさんは「投手の立場から、これはどう思うんや」といつも質問された。当時、ノムさんは65歳。それでも野球への情熱は衰えず、逆にますます膨れていくようだった。 例えばコントロールの悪い投手がいたとする。その投手の欠点はどうしても腕が遅れて出てくるところ。だからコントロールが定まらない。「だったらなんで腕を早くあげないのか。簡単なことやろ。それができないのはなんでや。投手の気持ちを教えてくれ」といった具合に、まず自分の疑問をぶつけたあと、答えを得られるとすぐに、その投手に矯正を施す。選手を指導するにも常に前を向いていく人だった。
「いまの選手に足らないところは何ですか」とこちらが聞いたこともあった。そうするとノムさんは「欲のなさ」を嘆いていた。「いまのままでアカンのやったら、なんで変えようとトライせんのや。アカン、アカンで悩んでいただけなら、それで終わりや」とブツブツうなり、自分の現役時代の事を振り返り「南海時代、同じ年代の選手が夜、メシや遊びに出かけたら、オレはうれしかったよ。よし、これでオレはアイツらより余分に練習できる、ってな」と笑っていた。 星野監督も野村さんの野球の知識は認めている。ともに基本的にはディフェンス重視の野球である。だから3年間、ノムさんが手がけた「野村の考え」を部分的には踏襲し、2年目に入る今季は星野監督の強い精神力で肉付けしていくはずだ。野村―星野と2代続けて外部から監督を呼んだ成果は、必ず今年、花開くと私は信じている。 <写真=試合前の練習で井川(左)に話す野村監督=01年4月>
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2003年1月13日付紙面掲載
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