バスのワイパーの音にまで八つ当たり

星野への軌跡

人に弱み見せぬ…究極の勝負師

 異変は星野監督の苦しそうな顔を見てわかった。昨年の3・30対巨人開幕戦(東京ドーム)。突然襲った不整脈。6、7回の2イニング、監督はベンチから姿を消した。ロッカーでの応急処置。舞台裏は壮絶だった。本当に倒れそうになっていた。

 しかし、監督はこの試合にかけていた。気力を振り絞り「大丈夫? 」と声をかけるこちらに顔を向け、頷くとベンチに戻った。そして喜びの開幕勝利。井川を出迎えた監督の元に走り、こう伝えた。「インタビューは断りましょう」と。昨年、勝った試合後は必ずインタビューを受ける事が、テレビ局との間で決まっていた。だが監督は答えた。「いや、やります。絶対にやります」と何事もなかったようにインタビューを受けた。

 弱みを見せたら負け。平然と受け答えするこの男の負けず嫌いな精神を見た。とにかく負けると怒る。巨人、中日が相手なら特に悔しがった。試合後、球場を出てバスに乗る。そこからがたいへんだ。一番前に座る監督はバスの壁を足で蹴る。蹴り続ける。たまたま雨が降っていたりしたら怒りに輪をかける。バスのワイパーの音にまで腹を立てる。カチ、カチ、カチという規則正しい音に「うるさい、この音が気にいらん。こんなバスしかないんか」と怒鳴り声がバス中に響き渡る。宿舎に着いても収まらない。エレベーターの中でも、部屋に入っても怒っている。まあ勝負に対する執念は想像以上だった。

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 それでもこちらは監督の体を心配した。開幕戦の変調も見ているだけに、気になって仕方ない。それでなくても夜の食事をほとんど摂らないのだから、なおさらだ。これまでの歴代の監督はよく食べていた。元気なのはこのお陰だと思っていた。だが星野監督は遠征先で食堂にほとんど姿を見せない。「食べないと体がもたないでしょ。大丈夫なの」と聞くと「部屋で持ち帰ったパンを食べているから」と笑っていた。怒りを静め、パンをかじり、また次の日の事を、ひとり考える光景。なかなか想像できないが、星野監督とはそういう事を繰り返せる人でもあった。あ、そうそう、たまには昼間から分厚いステーキを食べて栄養補給をしていたこともあったな、そういえば…。

<写真=開幕戦で巨人に完投勝利を収めた井川(右)をベンチ前で抱きしめる星野監督>

 本間勝(ほんま・まさる)1939年(昭14)5月1日生まれ、63歳。愛知県出身。中京商から58年、阪神に入団。60年5月15日の巨人戦でプロ初勝利を挙げ、同年13勝をマークした。66年に西鉄に移籍し、67年のオフに現役引退。実働10年で216試合に登板。28勝38敗、通算防御率2・86.引退後、新聞社に勤めスポーツ記者を経て、阪神球団に勤務。広報担当として活躍。名物広報として阪神の激動史に携わってきた。



2003年1月9日付紙面掲載


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