今年こそ胴上げ見せて欲しい

星野への軌跡

2年目も自分のスタイル貫け

 いよいよこの連載も最終回になった。長い広報担当としての生活でいろいろなことがあった。これまで書けなかったことの中でも、例えば小林繁の電撃引退。まだまだエースとして働けるのに「もう限界です」と伝えられた時は驚き、人それぞれ引き際の美学があると知った。

 最近では新庄か。メッツへの入団を発表する朝、阪神残留へ最後の説得を球団社長が行った。同席していた私は「2億円以上の金を捨てて、どうしてアメリカに行くのか。本気なんか」と聞くと、新庄はサラリと「昔からの夢だったから。金の問題ではないですから」と言った。時代の変化なのか。夢を追う若者の一途さをうらやましくも思ったものだ。

 そして阪神を辞めて、1OB、1ファンとして星野監督に期待する今年。改めて「星野らしく、これまで通りのスタイルを貫いてくれ」と願う。実際、星野監督には感謝している。ノムさんのゴタゴタによる辞任のあと、よくタイガースに来てくれたこと。さらにノムさんの作った道を間違いなく進み、オーナーや本社社長にチーム改革の必要性を訴えてくれたこと。もしOB監督が続いていたら、いまのような活性化はありえなかったはずだ。

 オーナーや社長が言うことに対して、OB監督なら心の中で異議を唱えても、口には出せなかった。「ああ、そういうものか」と妙に納得してしまう。そんな悲哀を感じた歴代の監督が多くいたはずだ。

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 そういった空気を打破してくれたのが星野監督だった。今年の補強に関しても、金がすごくかかったが、必要性を認めさせたから、これまでにない大型な補強ができた。これは阪神のエポックであり、誰かがやらねばならないことであった。

 阪神の監督はたいへんである。ある意味、巨人以上の苦労がある。それを踏まえて2年目に向かう星野監督。ぜひ今年、あなたの胴上げをスタンドから見てみたい。

 最後に20回に渡った、私なりの球団史を読んでくださってありがとうございました。これからはファンのみなさんと同じように、一喜一憂したいと思っています。(完)

<写真=ノムさんのゴタゴタによる辞任の後、阪神29代の監督に就任した星野監督(中央)は久万オーナー(左)野崎社長と握手を交わす=01年12月>


 本間勝(ほんま・まさる)1939年(昭14)5月1日生まれ、63歳。愛知県出身。中京商から58年、阪神に入団。60年5月15日の巨人戦でプロ初勝利を挙げ、同年13勝をマークした。66年に西鉄に移籍し、67年のオフに現役引退。実働10年で216試合に登板。28勝38敗、通算防御率2・86.引退後、新聞社に勤めスポーツ記者を経て、阪神球団に勤務。広報担当として活躍。名物広報として阪神の激動史に携わってきた。



2003年1月26日付紙面掲載


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