星野阪神の挑戦

    阪神 4―0 中日 (4月30日・甲子園)
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「星野さんのためなら死んでもいい」

裏方、外部まで気配り、目配り“人間性”でけん引

 借金生活にはまった山田中日。三塁ベンチ裏。星野監督は昨年までここから阪神と戦っていた。今季から代わって指揮を執ることになった山田監督は、敵将になった男をどんな思いで見ているのだろうか。

 試合前の午後4時過ぎ。「こんなはずじゃなかったんだけどね…」。監督室から出てきた山田監督は、なかなか浮上しないチームに苦笑した。もちろん負けず嫌い。本来は相手チームのことを語りたがらない。しかし山田監督は、少しだけ星野阪神のことを語ってくれた。「しんどいと思うよ。追いかけられる立場というのは…」。昨年まで監督とヘッドコーチとして同じ釜の飯を食った仲。99年は中日で肩を組んで優勝もした。山田監督の口調からは「本音と気遣い」が感じられた。「3年間一緒に戦ったんだ。考え方、やり方も分かっているさ」。

 現役引退した89年。評論家1年目の山田監督が、春季キャンプ取材で真っ先に向かったのが星野監督率いる中日だった。豪州ゴールドコースト。そこで、あるコーチの口を突いた言葉に驚く。「星野さんのためなら死んでもいい」。リーグ優勝を決めた翌年、そこでは選手、コーチはもちろん、打撃投手ら裏方を含めたスタッフ、フロントらの全員がめまぐるしく動き回っていた。

 実働20年。現役通算284勝。山田監督は、史上最強のサブマリンだった。西本幸雄氏、梶本隆夫氏、上田利治氏の3監督に仕えた。その山田監督がユニホームを脱いでもっとも「気になる存在」だったのが、年上ながら同じ68年度ドラフト1位の星野監督。そして、その「カリスマ」に初めて触れたのが「星野さんのためだったら…」だったのだ。

 あのキャンプから13年の歳月が流れた。山田監督は、星野監督からバトンを受ける運命を背負った。「人の心をギュッとつかむのはうまいよね」。確かに、チーム作りの一方で、マスコミ、外部関係者との相手をするなど、目配り、気配りはよく指摘を受ける。ただ、それだけで人の心をつかむことは到底できない。行き着くところは「人間性」に他ならない。山田監督は、星野監督の「カリスマ」という名の人身掌握術がチームを引っ張っているとみる。

 ただ、山田監督もこのまま黙っているわけにはいかない。「意識してないよ」。1度はそう言った。しかし、グラウンドに足を踏み入れると振り向きざまにこう続けた。「でも、俺が意識してないっていうのは、意識してる証拠なんだろうな」。「星野―山田」の因縁。今日もまた2人は熱い戦いを演じる。

【寺尾博和】

星野阪神の挑戦

2002年5月1日付紙面掲載  


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