阪神 5―3 中日 (4月29日・甲子園) | ||||
浅井「戦う監督」体で感じた1軍再登録…「試合中、何度か怖かったです」地鳴りのような歓声は22年の人生で初めての経験だった。浅井は甲子園の一塁側ベンチでタイガースの一員になった実感をかみしめていた。「熱心なファンが多いし、応援がすごいと聞いています」。昨年末の入団会見で話した言葉を体で実感した。 ファームの遠征に参加していた28日に、1軍昇格を知った。佐賀県の伊万里から博多へバス移動の車中だった。「正直、びっくりしました」。急いで帰阪。ファームの早起き感覚はまだ抜けきっていない。「ナイターには慣れてないし、久しぶりだったんで…」。ヒーローの片岡がお立ち台に上がっている頃、浅井はロッカーへ引き揚げる途中で話した。開幕の敵地巨人戦では1軍枠に入っていた。矢野、吉本に続く3番手でベンチ入り。だが、たった2試合で登録を抹消された。 約4週間後の再登録は前回とは立場が違う。正捕手の矢野が故障で離脱した。浅井の抹消後は捕手2人制を敷いている。山田と入れ替わりで昇格した浅井には、吉本に次ぐ2番手の役割が巡って来たのだ。 試合前練習では早々に打撃を終えた。一塁側ベンチでレガースを着け、ミットを手に小走りでアルプススタンド下にあるブルペンへ向かう。投手陣の調整投球を黙々と受けた。1軍投手の球を受けてプロ初出場に備えるのも大切な仕事だ。 試合中は味方の攻撃が2死になるとベンチ前で先発安藤のキャッチボール相手を務めた。法大の2年先輩の球を1球、1球、ていねいに受け、安藤の胸元に受けやすい球を返す。6回、桧山の決勝本塁打が出た時は、左手にミットをつけたまま、出迎えの輪に加わった。初々しさが感じられた。 「捕手は本当に気の毒なポジションなんだ」。試合前、星野監督はしみじみ話した。同じ球種の球でも投げる投手によって質が違う。「それを頭に植え付けるのがデータ(星野監督)」。即戦力と期待されて阪神入りした浅井だが、まだ頭の中に、そこまでの細かいデータはない。ベンチでは星野監督の近くに座った。「試合中、何度か怖かったですよ」。ボディーアクションと怒声…。戦う監督星野仙一を体で感じた1日だった。 法政大学―阪神といえば田淵現チーフ打撃コーチ、85年日本一の正捕手木戸現バッテリーコーチの名前が浮かぶ。偉大な両先輩を目指す浅井の戦いは、まだ始まったばかりだ。 【国分泰佐】
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2002年4月30日付紙面掲載
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