阪神 10―2 巨人 (4月20日・甲子園) | ||||
明るさも大きな武器…選手会長桧山星野監督とも不思議な縁モヤモヤとしていたものが一気に吹き飛んだ。13安打10点。巨人を徹底的にたたきのめし、甲子園球場に6日ぶりに六甲おろしが響き渡った。あれほど1点を取るのに苦労した打線が、打って打って打ちまくった。阪神打線だって、勢いに乗ればやれるではないか。 もっとも、何かやってくれそうな気配はあった。試合前。ベンチには連敗中の重苦しいムードはなかった。田淵チーフ打撃コーチはいつも通り笑顔を絶やさず、選手会長・桧山は大きな声でチームを盛り上げていた。「連敗している時に落ち込んでいたら、どんどんムードは暗くなる。ロッカーから盛り上げてますよ。しょーもないこと言ってね」。選手会長に元気がなければ、若手はもっと重苦しくなるだけだ。「例えば1本の後ろへ飛んだチップでも、連勝中の時は『いけるぞ、いけるぞ』だった。でも連敗すると『惜しい!』と下を向いていたんです。これじゃダメ。焦って、硬くなるだけだった」。自ら道化になることで、暗いムードを振り払った。 開幕直前に行われた激励会。今年は異常に盛り上がったが、この時も桧山の演出があったからこそだった。締めのあいさつでマイクを持った桧山はかつての球団首脳を担ぎ出し、最後は星野監督も引っ張り出して六甲おろしの大合唱で締めた。その様子を見て、石田前管理部長は驚きを隠せなかった。「こんなに激励会が盛り上がったのは初めて。桧山がうまかった。これまでの選手会長はおとなしい選手が続いたが、桧山の明るいキャラクターでチームがギュと一丸になった感じがしたね」。 虎打線の5番打者として、あるいはムードメーカーとして阪神を支える桧山だが、面白いのは星野監督とも不思議な縁があることだ。97年オフに吉田阪神と星野中日の間でトレードの話が進んだが、当初阪神が第1候補に挙げたのは中村で、中日は桧山だった。もっとも両球団とも譲らず、結局「久慈、関川」と「大豊、矢野」の2対2のトレードで成立した。久慈、関川が中日で優勝を経験した後、ある関係者からトレードの裏話を聞いた桧山は「中日に行ってたらどうなってたでしょうね」とつぶやいたことがある。桧山はその後4年連続最下位。優勝どころか、屈辱にまみれている。そして5年後…選手会長として、今は星野阪神を支える立場にいるのだ。 暗黒時代を知っているからこそ、選手のリーダーとしてどう振る舞えばいいのかが分かるのだろう。カリスマ指揮官に、明るい打撃コーチ、そして頼もしい選手会長。連敗しても、もう慌てることはない。 【阪神担当キャップ=木崎輝三】
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2002年4月21日付紙面掲載
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