阪神 3―7 中日 (4月16日・豊橋) | ||||
仙さんが決め手藪の背番号4遅すぎた本人が希望した時期47年ぶりに公式戦が行われた愛知・豊橋で、星野監督は古巣中日に敗れた。6カード目で初めて初戦を落としたこと以外、まだ貯金8の阪神には大した痛手ではない。むしろこの日も自慢の先発陣は計算通りの投球を見せた。開幕から2連勝の先発藪は山崎武、谷繁のそれぞれ1発だけに抑えて6回2失点で降板した。試合を壊した中継ぎ陣はともかく、背番号「4」は変わらず頼もしく、たくましい。 新背番号で別人のように変身した藪だが、この変更の道程は簡単ではなかった。年が明けてから球団に打診したものの、当初は難色を示された。通常、背番号変更などの希望はオフの契約更改の時に申し出る。たまに1月に入ってから変更されることもあるが、それはトレードで移籍した選手や新外国人選手が背番号にこだわった特殊なケースに限られる。藪の場合は時期が遅く、球団側が了承できる状況ではなかった。 1月中旬といえば、すでに新しいサイズのユニホームは出来上がっている。ホーム、ビジターとも数枚ずつ。他にウインドブレーカーやグラウンドコートもある。背番号を変更するとなると、これらはすべてパー。特に人気選手の藪の場合、個人グッズも作り直さなければならない。営業面の損害も小さくない。 問答無用の状況下、そんな藪に救いの手を差し伸べたのは1人だけだった。「4番に替えたいのか? 本当か? へーッ」。藪の希望を関係者から耳にした星野監督はまず驚いた。「そうまでして出直したいという気持ちは大事にしてやりたい。オレは賛成や」。エースがエース番号を捨てる決断がどれほど重いか、星野監督には痛いほど分かったのだ。 1月18日。今年初のスタッフ会議で、星野監督は切り出した。「藪が背番号を替えたいと言うとるらしいな。替えてやってくれんか」。この発言で背番号4物語がスタートした。「本来なら認められないこと。1度縫い付けた背番号を外すと、縫い目が残ってそのユニホームはもう着れないし、営業の損害もかなりでる。ただ『どうしても』という藪の気持ちは大事にしたかった。監督の言葉が1番重たかったんじゃないかな」(上田管理部長)。 大阪・梅田の阪神百貨店のグッズコーナーでは星野グッズに勝るとも劣らない売れ筋商品が背番号4の藪グッズという。変更による損害はウン百万円に上ったというが、生まれ変わった藪はあっさりそれを取り戻した。星野監督の決断は、正しかった。 【阪神担当キャップ=木崎輝三】
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2002年4月17日付紙面掲載
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