唯一?怖い存在は2人の娘たち

星野の挑戦in安芸

「女房の分身なんだよ」

 キャンプ中だからといっていつも野球の話ばかりしているわけではない。宿舎12階の監督室で、1階のお好み焼き屋で知人友人とわいわい、プライベートな話題にも花が咲く。正直でオープンな星野の話だから、みんな本当の話だ。

 オンナの話。「これはいかん」と星野は手を振る。「フォーカスやフライデーされてみろ。娘たちが絶対に許してくれんぞ」奥さんを亡くして5年。独身なんだからええじゃないのと周りが言っても、とんでもないのだそうだ。

 「2人とも嫁にいっとるんだが、女房の分身なんだよ。2人とも“わからないようにさえしていれば、ガールフレンドと遊び回るくらいはいいのよ、パパ”なんていってるけど、もしそんな甘言におれがホイホイのったりしてたら……。これは想像したくない」

 奥さんが白血病と闘った7年間、2人の娘と義母とがローテーションを組んで、病室と家庭とを守ってきた。星野が仕事の合間に病室を見舞ってもせいぜい2時間。あとは10代の頃から娘たちが中心になって懸命に、母の看病と家の面倒をみてきた。以来延べ12年、感謝の念も負い目もあって、星野は娘たちに頭があがらないのだという。

 世の中に怖いものなし。いつもそんな顔をしている星野だが、今も娘さんたちの自分への一挙手一投足は怖いのだろう。星野家の経理担当は二女の和華さんだが、カードの支払い伝票をチェックしているその脇を星野が通りかかると、突然和華さんから質疑が飛ぶ。

 「パパ、×××(有名なブランドメーカー)の買い物してるわよね。このバッグってなんなの?」「あっ、それは前から欲しくてな、この間買ったんだ」「だけど×××って、男物は一切作ってないんだよ」「えっ、ホントか?」経理担当重役の目はいつも光っている。

 星野には華帆(かほ)ちゃん(1歳半)というかわいい孫がいる。しかしなにかとんでもないことがばれて、もし華帆ちゃんのママである長女の千華さんに「もう華帆を抱かせてあげない」なんていわれたらどうしよう。星野にはまたこれが怖い。

 再婚の話。「よってもってそんなことはゼーッタイにないよ。おれ自身、野球があってユニホーム着てたらちっとも寂しくなんかないんだ」というのだが、娘さんたちの話をしながら実際は今も亡き妻・扶沙子さんへの思いを切り離せないでいるのは星野自身なんだ、というのが仙一グループの面々の一致した推量だ。

 母の話。母・敏子さんは大阪府茨木市の実姉宅で92歳の今も元気いっぱいでいる。昨年、「自転車禁止令」を出されて不機嫌になっているそうだが、星野が「そろそろ補聴器を付けたら?」といったら、「そんな年寄り扱いしなさんな」といわれたのだという。「92歳なら年寄りだろうに」と苦笑する星野に、友人たちは「やっぱり仙ちゃんの母ちゃんだ」といって笑う。

 女手ひとつで母は2人の姉を岡山女子大、京都女子大へ、自分を明大へいかせてくれた。学費を含めて4年間で星野が受け取った送金は387万円。昭和40年頃で田舎でなら家一軒買えたカネだろう。「借金もあったと思うな。契約金からまずおふくろに400万円返したんだ。4年間おふくろから送ってもらった書留封筒と手紙の束は、今も大事にとってあるんだよ」

 一同がついしんみりしてしまう話も出た。そんな時、監督室の窓をガラリと開けると、土佐湾の夜空には大きくて、チカチカとよく光る星がいっぱいだった。 (敬称略=おわり)

 三浦勝男 1939年(昭14年)、神奈川県生まれ。明大卒。62年、日刊スポーツ新聞社入社。巨人、中日担当、野球部長、編集局長、役員などを経て、現日刊スポーツ新聞社顧問。現在は多方面で執筆活動中。星野監督とは中日入団以来、33年間の交友。



2002年2月23日付紙面掲載 


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