シックな男の唯一のぜいたく

星野の挑戦in安芸

虎あしらったピンバッジ発注

 キャンプ3週間目にして見せてくれた星野の名刺、これがちょっとカッコイイ。和紙に刷った「阪神タイガース監督 星野仙一」の黒い文字。名前の4文字は兵庫県の書家、荻野丹雪さんの手だ。

 荻野さんはサントリーの洋酒「響」(ひびき)のラベルでもおなじみで、絵画的でどこか音楽的な感じもする書体で有名な人だ。名刺には小さくタテに英字でも名前が刷り込まれてあるが、中央にポツンと丹雪さんの朱の落款がアクセントになって浮いている。

 できたての、届いたばかりの名刺のヤマ。いつの間にこんな名刺を作ったのだろう。「カッコイイなあ」というと、星野はあさっての方を向いて黙るが、黙っているということは自分でも「そうだ」と思っている証拠だ。

 そういえば空路同便で安芸に来た時のスタイルも決まっていたっけ。薄いマリンブルーのスーツにイエロー系のタイ。黒いカシミヤのオーバーの襟元にのぞく、同じ素材の黄色いマフラーが印象的だった。阪神タイガースでの新しい旅の始まり。浅黒い星野の顔に“幸せの黄色いマフラー”がよく映った。

 星野クラスの著名人になるとアパレル業界がぴたりと張り付いて、年間50、60着の衣装を作っては黙って提供してくれる。歩く広告媒体としての待遇である。スーツやジャケットだけでなく、メーカーは下着やくつ下までそろえてくれるのだから、自分で用意するものといえばクツくらいのものである。

 昔から「グラウンドでは暴れん坊でも、1社会人としてはジェントルマンなんだもん」といって自分の顔を指している星野は、おしゃれ感覚もどちらかといえばシックな方だ。間違ってもキャンプの部屋にブランドもののガウンなんてぶら下げていないし、ホテルでは大体トレーナーか浴衣がけだ。もう結構なお金持ちのはずだが、それほどのぜいたくをするようなところは見られない。

 が、ひとつだけ多少のカネが要る、おしゃれ向きの趣味があった。昔は海外旅行の旅先でもよく腕時計を買ったが、最近になって凝っているのがスーツに付けるピンのバッジだ。何十個と買い集めた動物や虫の形をしたいろいろなアクセサリー品の中でも、星野の今のお気に入りはトンボの形のピンバッジである。

 ただ前進、前を行くのみ。前にしか飛ばない習性のあるトンボは昔から武士の間で、不退転の“勝ち虫”として珍重され、刀のツバや印籠など持ち物の意匠によく用いられてきたものだ。阪神への入団発表の時、星野は「名古屋から大阪にトンボのようにプーンと飛んでいくんだもん」といって、このトンボのピンバッジを襟元に差しておったっけ。

 その星野が阪神入りに際しての心の記念のつもりなのだろう。密かにオリジナルのピンバッジを特注していた。彼の友人たちの話を総合すると、野球のバットに七宝焼きのタイガースの帽子をあしらい、ダイヤの粒を3つ散りばめたなかなかのアクセサリーらしい。阪神の監督になって初めての、そして唯一のぜいたく品だが、「阪神の星野」の思いというものがどこかに伝わってくるような身辺雑話ではある。

 星野はなんにもいわないけれど、タイガースへの密着感が日に日に募り、その内側はもう「チーム愛」とも呼ぶべき熱い感情であふれかえっているのではないだろうか。(敬称略)

 三浦勝男 1939年(昭14年)、神奈川県生まれ。明大卒。62年、日刊スポーツ新聞社入社。巨人、中日担当、野球部長、編集局長、役員などを経て、現日刊スポーツ新聞社顧問。現在は多方面で執筆活動中。星野監督とは中日入団以来、33年間の交友。



2002年2月21日付紙面掲載 


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