ウインドブレーカーを脱がぬ理由

星野の挑戦in安芸

激しさのウラに「テレ」

 星野がタテじまのユニホーム姿を報道陣や安芸のファンに見せたのは8日前。キャンプ初日にグラウンドに降り立った時の数分間だけだ。選手たちの前でウインドブレーカーを脱ぎ、1度カメラの放列に披露した時のあれっきりだ。

 しかし、その訳がようやくわかった。これは多少信じ難いことでもしかすると間違いかもしれないが、私は確信した。「星野はまだ少し、タテじまのユニホームにテレがあるのだ」と。そうでなければふと「あちこち歩いていると暑くてさ。ウインドブレーカー脱げばいいんだけれど…」などと、そんな独り言が出てくるわけがない。

 コーチはもちろん、みんなユニホーム姿だし、星野だって暖かい日差しの中では時々、黒くてごっついウインドブレーカーを脱げばいいのに。それなのに少々汗をかいているのに、依然ウインドブレーカーを着たまま、フウフウいってグラウンドを飛び回っているのは星野の心の奥にあるテレなのだと思う。

 激しさや強さ−その性格やリーダーシップの強さ、激しさのようなものばかりが宣伝されがちだが、星野という男が実は生身の人間として男として、繊細な心根や若者のようなみずみずしい感性を心の奥にいっぱい隠し持っていることが、改めてわかるような気がする。

 「そろそろ、タテじまを着た本当の本当の胸の内の気持ちを教えてよ」というと、星野はこっちの目の色を見て「それ、書くやろ? 書くならいわん」と横に首を振る。「書かないから」とだましてしまおうかとも思ったが、やはりそうはいかないだろう。

 20年前、星野が中日監督だった頃、キャンプの記事でエトキ(写真説明)を間違えて掲載したことがあった。バッティングケージ後ろのイスに腰をかけ、ノックバットを手に大声でゲキを飛ばす星野の写真のわきのエトキが「アクビをしている星野監督」となっていたのである。

 昨日のこのコラムで紹介したように、すべからく不手際に対しては「下には普通に、上には厳しく容赦なくでる」主義の星野は、現場のカメラマンやデスクは許しても紙面製作の最高責任者である編集局長の私には重罪を科し、1年半の絶交をきったのである。

 付き合いも長いのに、評論家としてニッカンの禄も食んだのにとも思いたいが、星野という男はいったん怒ったらこうなのだから、だましてしまうことなどはとてもとても。

 キャンプ初日のタテじまのユニホーム姿を新聞やテレビで見た多くの知人友人から、昔のクラスメートの女性からまでも「似合ってる。格好いい、格好いい」とホテルの部屋やケータイに電話がくる。いつになく多少はテレたりもせざるをえないのだろうか。

 しかし安芸も9日からはいよいよ本番。星野がいよいよ、ウインドブレーカーをかなぐり捨てる時も近づいてきたような気がする。(敬称略)

 三浦勝男 1939年(昭14年)、神奈川県生まれ。明大卒。62年、日刊スポーツ新聞社入社。巨人、中日担当、野球部長、編集局長、役員などを経て、現日刊スポーツ新聞社顧問。現在は多方面で執筆活動中。星野監督とは中日入団以来、33年間の交友。



2002年2月9日付紙面掲載 


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