コミュニケーション4重丸

星野の挑戦in安芸

 安芸に来てから球場や宿舎で、夜の居酒屋で前任者野村の悪口を聞かない日はない。いかに陰気、尊大、無礼な人だったかというエピソードを毎日のように聞く。「テレビで顔を見ただけで今もヘドが出るわ」という記者や評論家が大勢いる。情報交換して「サッチー裁判」の日程を、わざわざ手帳に書き込む人までいるくらいである。

 この日、球場まで乗った地元タクシーの運転手でさえ雨模様の空を見上げて「今年も2月に入って晴天の日は2日間だけ。安芸の今ごろの天気はこんなもんじゃなかったんですが、2、3年前、野村さんが監督になってきてからですよ。こんな天候不順になったのは」といったりする。今年の天気の具合まで自分のせいにされたのでは野村もたまったものではないだろう。

 しかしこうして、今なお続く野村批判にまったく同調しない人間がいるとすればそれは星野だ。風呂上がりに立ち寄った宿舎ロビーのソファの上で、どっかり大きく伸びをしながら嫌な顔をしてじろりとこっちの方を見た。「死者にムチ打ってどうするのよ」そんな野村についての、周囲の話をした時のことである。

 「選手としても監督としても立派な実績、足跡を残してきた人じゃない。いろいろあったとしても今はひっそりと身を引いているんだから、もういいじゃないの。おれは同じ野球人として仲良く付き合ってもらってきたし、今も尊敬しているんだよ。いつまでもあの人の悪口いって、何の足しになるのさ。いい気持ちがせんよ」

 後任者がとかくの問題があったとしても同一地位の前任者の仕事や人格をおとしめないのは人間としての大切な不文律だが、星野はそんな男の美学や矜持(きょうじ)でそういっているのではない、というように思う。

 どこの球団でも監督を選任する際の基本条件は「選手時代の実績と人気」「指導者としての管理能力」「コミュニケーションの良さ」の3点だが、中日の監督になる時も今回の阪神監督に就任する時も、星野の明快で幅の広いコミュニケーション能力については4重丸がつけられている。短気で怒りん坊なところはあるが、この点についての評価はいつも抜群だ。

 「いやあ、おれは単に人間好きで、話好きで、誰とでも付き合っちゃうのさ」というのだが、多くの、いろいろなタイプの部下を預かる管理職には必須の資質だろう。それが現に野村や森(横浜監督)のようなタイプやグループの人間とも大事にし合って仲良く付き合えれば、まったくその対岸にいる長嶋や王とも分け隔てなく親しく交じり合う星野という男を形作っている。

 大切に野村をかばった話をした後で星野は今度は長嶋との最近のやりとりを、クスクス笑いながら始めた。60代半ばの長嶋に「長嶋さん、最近、“アッチ”の方はどうなの、まだいけるの、アッチの方はって聞いたらさあ」長嶋に今、こんな話を聞けるのは星野くらいのものだろう。「いやいや、仙ちゃん、おれはねーー」長嶋の返事の続きを書きたいのだが、行数が尽きた。

 三浦勝男 1939年(昭14年)、神奈川県生まれ。明大卒。62年、日刊スポーツ新聞社入社。巨人、中日担当、野球部長、編集局長、役員などを経て、現日刊スポーツ新聞社顧問。現在は多方面で執筆活動中。星野監督とは中日入団以来、33年間の交友。



2002年2月6日付紙面掲載 


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