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俺は信長が嫌いなんだ
「戦国時代の武将でいうと、監督が好きなのはやっぱり信長ですか」「いや、信長はいかん。どんなに独創的で進取の気性の英雄でも、部下に謀反を起こされて死んじゃうようなヤツはいかん。信長はいかんぞ」「それじゃ、秀吉ですか、家康ですか、監督が好きなのは」 キャンプ初の休日は、日中は宿舎近くの黒潮カントリーで、夜は安芸市内の海鮮料理屋・清龍でマスコミ陣との懇親会だ。カツオのたたきも有名だが、安芸周辺の名物は帆立貝に似た長太郎貝やサザエ、つぶ貝、ハマグリなどを殻のまま焼いて食べる海賊焼きというやつだ。その宴席の一隅で、若い記者の1人が“星野貝”にもむしゃぶりついている。 「おれはその3英雄より、その3人の下で右往左往しながら懸命に生き残り、生き抜いた武将たちの群像の方に関心があるんだな」「たとえばどんな人ですか」「うーん…。たとえば京極高次なんて知ってるか」「いや、名前は聞いたことがあるような…」 北近江の京極高次は信長の旗下にいたが、本能寺の変後は光秀に味方。その光秀が倒れると、今度は秀吉に対抗する柴田勝家につく。その勝家も秀吉に滅ぼされると、次に武田元明のもとに入って、自分の妹を秀吉の側室に送って近江六万石を安泰にしてもらうという、綱渡りの生涯で知られる武将だ。 しかも関ケ原では弟を東軍に置き、自分は西軍に属しながら旗色を見て東軍に乗り換え、徳川の世にも永く家名を残した戦国時代の勝ち組、生き残りである。 「いいも悪いもないんだよ。当時の武将はみんな有為転変の渦の中で、自分の判断を、生き方をひとつ間違えたら自分の命どころか妻子、一族郎党の命もなにもかも失ってしまう、毎日が危機一髪の時代にいたんだから。功成り名遂げた英雄の運と実力は誰もが知っているところで、おれはむしろ彼らの権力闘争の渦の下でいろいろな不条理や哀しみや犠牲に耐え、どこまでも賢明に、強く、したたかに生きて戦って、勝ち残った武将たちの方にこそ、同じ人間としての思いや共感が募るんだよなあ」 「そうですか。キョーゴクタカツグですか。監督は歴史ものに強いんですよね」「そんなことはないんだけれど、今みたいなわけのわからん時代におると逆に過去の事象や歴史上の人物の方に、人間や社会の原理原則を学ぶことの方が多くなるんじゃないかなあ。就職難やらリストラやら、阪神の低迷やら(笑い)。辛抱も大事っていったって、とにかく自分たちで知恵と勇気を出して頑張っていかなくちゃなあ」 星野が笑って若い記者の肩をポンとたたくと、鉄板の上の何種類もの貝がもういつの間にかみんなポッカリと口を開けていた。
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2002年2月5日付紙面掲載
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