野村前監督も魅了された闘争心

星野の挑戦in安芸

 前監督の野村は大変な話好きで、たまに会うと3時間でも4時間でも放してくれない人だった。何年か前、キャンプの宿舎に訪ねた時もそうだったが、その時は「星野について」の話をいろいろせがまれて、こんな内証話を打ち明けたことがある。

 現役時代は試合に投げるとその夜は不能状態に陥って、股間は一切ピクリともしなくなる。大半の投手は登板後の夜は異常に気が高ぶっているから、独身投手なら風俗店にでも寄って帰らなければ寝つけないのに星野だけはまったく別。それほど試合に、勝負に賭ける気迫、意気込み、闘争心が人に倍して強く激しく、星野にはいつも投げたあとの心身に一滴の精気も残っていないのだと。

 監督になってからのエピソードとしては、中日で最初の監督時代の2年目、ドジャースのキャンプ地ベロビーチにチームを率いていった際の笑い話を披露した。みんな素っ裸でロッカールームとシャワールームを往復するのだが、外国人選手たちの“バット”はみんなでっかい。すかさず初日、星野から全ナインに指示が飛んだ。

 「これから一緒に練習も試合もするのに、ナニのでかさでなめられちゃあいかん。いいか、シャワールームへの出入りにはみんな手でしごいて、少し大きくさせてから歩いてこい」。青年客気の一部とはいえプロの監督でこんな特令を出したのは、恐らくこの世で星野ひとりだったろう。

 すると野村は笑い飛ばすどころか、少し顔色を変えてわたしにこう言うのである。「星野という男の本質、根源がよくわかった。そういう闘争心、負けん気、勇気こそが、プロが同じプロに勝っていくための一番の原動力なんだ。今夜の全員ミーティングに出て、今の話を選手にしてやってくれ」。

 ミーティングへの出席は勘弁してもらったが、あとにも先にも下ネタの話にこんなに真剣になられたのは初めてのことである。サッチー問題からすっかり評判を落としてしまった野村だが、本質は話好きな勉強家で、そしてそれから大の星野ファンになったらしい。

 「阪神のような粘りや意気地に欠けるところがあるチームには、わしのような頭の野球を重視するタイプよりも、ハート重視の星野のような男の方が監督としては適任かもしれんなあ」最近、野村がこう述懐していることを人伝えに聞いたのは、この安芸市営球場のネット裏の陽だまりの中だった。(敬称略)

 三浦勝男 1939年(昭14年)、神奈川県生まれ。明大卒。62年、日刊スポーツ新聞社入社。巨人、中日担当、野球部長、編集局長、役員などを経て、現日刊スポーツ新聞社顧問。現在は多方面で執筆活動中。星野監督とは中日入団以来、33年間の交友。



2002年2月4日付紙面掲載 


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