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修復の時 再生の時はきた
震災直後、12時間かけ姫路入り星野の長年の友人の1人、小川高千穂さん(55)=姫路市在住、オガワ歯科医院院長=がとっておきの秘話を届けてくれたので、開幕前日の今日はそれをご紹介したい。小川さんは名古屋での勤務医時代からもう30年、星野とは交友関係にあるのだが最近、7年前に受けた恩義をなぜかよく思い出すのだという。 7年前のあの阪神淡路大震災の直後のことだ。早くから人に頼まれて姫路市内の小学校の講堂で、評論家時代の星野の講演会を開くことになっていた。そこへあの大地震である。交通網も分断され、何かと不安な情勢の中、星野も来れまいと開催を危うんで、当日まで小川さんはハラハラしどおしだったらしい。「必ず行く」と約束してもらったが、当日も開演時間の迫る夕方まで姫路駅に立ちつくして待った。 「内心では無理かなと思っていた。新幹線のダイヤもむちゃくちゃな時ですよ。来る列車、来る列車に飛び込んで、数人で彼の姿を探しました。もし彼が来れずに450人の聴衆を帰すことになれば大変だと思いながら、もう必死の思いでした」。ぎりぎりの時間になって上りのグリーン車の片隅に疲れきった顔で、寒そうにオーバーを着て座っている星野の姿を発見した時は胸が熱くなったそうだ。 星野はその日の明け方、名古屋の家を出て、まず新幹線で東京に出て、東京駅からタクシーで羽田へ。羽田から空路岡山へ飛び、空港から岡山駅へ出て新幹線で姫路駅へ。1人で列車やタクシー、飛行機を6度も7度も乗り継いで、約12時間もかけて駆けつけてくれたのだという。 「彼は『こういうときの約束こそ守らにゃいかんだろう』って言ってくれた。人に頼まれて、弱い阪神の監督になって、今そのスタートを切ろうとする時、関西人の1人として、私は7年前の思い出を誰かに語りたくなってね」と小川さんは言うのである。 小川さんのこの話を聞いた直後、私もつい胸を熱くして久しぶりに詩作を行ってしまった。いささか難しく、堅苦しい感じにもなってしまったのだけれど「どうやろか」と言って星野に見せたら「気持ちは伝わってくるよ」と言ってくれたので、恥ずかしながら思い切って掲載させていただきました。 タイガース2002年 (敬称略)
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2002年3月30日付紙面掲載
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