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優勝できたら死んでもいい

星野の挑戦

胸中の思いと重圧ポロリ

 数日間滞在するだけで、大阪はやはり商いとユーモアの都だということを実感する。梅田のサウナに3日間通ったが、中高年のおじさんのうわさ話で一番多かったのが「金のある奴か、ない奴か」「おもろい奴か、おもろない奴か」の2点だった。

 高級サウナの常連客だから大半のおじさんたちは風采も立派だし、金のネックレスやブレスレットを付けていたり、それなりに多少はゆとりのある生活者にも見えてくる。仕事や商売にもがんばって、いろいろ好きなこともたくさんやってきたに違いない。しかし仕事の話や世間話が一段落すると、ふと気が抜けたような顔をして「最近はなにかこう、燃えるようなことがないんだわ」と言ったりする人が2人も3人もいる。

 それは年のせいなのか。それとも世の中の閉塞感のせいなのか。街なかのサウナの数コマのことにすぎないのだが、最近の働き盛りの男たちの心情といったものがほの見えてくるような気がする。そして彼らは最後になって決まってこう言うのだ。「星野はいいよなあ」。星野とはいうまでもなく自分たちと同世代の阪神の監督・星野仙一のことである。

 人に頼まれて、みんなに期待されて弱いチーム−−4年連続どんけつの阪神を強いチームに立て直す大仕事。それがどんなに大変だろうが男と生まれてきたからには、どんなにかやりがいがあることだろう。もう数日後にその吉左右を問う舞台の幕が開くのだが今、星野はとりわけて大阪の男たちにとってはまぶしくも、うらやましくてならない存在になっている。

 その星野はサウナのあるビルのすぐ目の前、夜空にもくっきりそびえ立つ大きなホテルの最上階にある専用スイートルームに寝泊まりしている。サウナの帰りに訪れたその部屋で星野は珍しくひとりで、ソファーに横になってテレビを見ていた。日常の緊張や忙しさ、周囲の喧騒やざわめきから離れて、ひとりぼっちになる1日の中でも大切なひと時だ。

 きょうはそんな時にポツリポツリと語った星野本人の話を書いておこう。

 −−世の中の多くの人は、自分のことを70%が不幸、幸福度は30%だと思って生きているとよくいわれるよね。だけどおれは自分のことを100%、いや120%幸せな男だなぁと思って今も毎日を生きているんだ。野球界にも世間にもおれより優秀で立派な人たちはいるのに、おれはいつも幸運な巡り合わせ、役どころで生かされて、実力以上の評価や期待をかけられてきた。

 阪神のユニホームを着た今だってそうだよ。実際以上の期待や理解、協力、評価をしてもらって、どこへ行っても声援してもらってさ。内心ではおいおい、おれはそんなに凄い監督でもそんなに凄い男でもないんだよって、そう言いたい気持ちにかられる時もあるんだよね。……だから、ひとりになるとこう思ったりするんだ。“もし、優勝できたら死んでいい”って−−。

 「優勝できたら死んでもいい。みんなに“惜しい男を亡くしたね”といわれてもいい」って、天下の闘将が寝る前になにをたわごとをいってるんだと思ったのだが、星野のまじめそうな顔を見てたらその胸の中の思いと重圧とが伝わってきて、こっちの身体も少し熱くなってきた。たった今、サウナからでてきたばかりなのに。

 三浦勝男 1939年(昭14年)、神奈川県生まれ。明大卒。62年、日刊スポーツ新聞社入社。巨人、中日担当、野球部長、編集局長、役員などを経て、現日刊スポーツ新聞社顧問。現在は多方面で執筆活動中。星野監督とは中日入団以来、33年間の交友。



2002年3月26日付紙面掲載 


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