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阪神 0―5 中日 (5月10日)
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連載目次 |
「先発投手陣」崩壊の危機福原に続きラミレズも序盤で炎上相手打線を0点に抑えている先発投手を、思い切り良く8回からスパッと代える。1回に先頭打者が出塁すると、手堅くバントを使って先制点に結び付け、リードする展開になると、執ようなばかりにエンドランを仕掛けたり、あげくは2ランスクイズ(これは二塁走者が刺されたが)まで敢行する…。そして5―0の快勝。 これが野村阪神なら、さぞスカッとしたところだが、岐阜のナイターは、阪神が“やられ役”に回ったゲームだった。しかも、中日のベンチで監督代行として指揮を取ったのは、島野ヘッド。南海の監督時代、1番センターとして起用した“かつての部下”にかき回された敗戦に、野村監督もぶ然とするほかなかった。 阪神ファンがりゅう飲を下げたシーンがあったとすれば、ただ1度。0―2の2回無死一塁。打者中村の1―2の4球目から、中日は3球続けてエンドランを仕掛けて来た。おそらく、監督とすれば島野ヘッドの性格から考えて、もう1球続けざまに作戦決行と読んだのだろう。次の球を投げる前にラミレズにけん制させると、一塁走者福留が見事に引っ掛かって一、二塁間で挟殺できた。 福井、岐阜と先発投手が2日続けて、立ち上がりに崩れて行った。福原、さらにこの日のラミレズまで2回しか持たずに失点を重ねてマウンドを降りて行く。チームを支えて来た先発投手陣の崩壊の危機さえ感じる試合。そんな中でわずかな救いは、8回1イニング投げたミラーだった。 7回無死一、二塁の反撃機を逃して負けを覚悟した試合は、抑えのミラーに復活の機会を与えて、今後に生かすことを主目的の戦いに切り替えられたようだった。5点差の8回、ミラーは5番手で志願登板した。彼は7日の広島戦でサヨナラ満塁本塁打を浴び、前日の接戦では抑えとしての出番もはく奪されている。 ミラーは150キロの速球を投げ込んで3人の打者から2三振を奪い、復活へのステップを踏んだ。今後の命運を握る存在といっても過言ではない抑えの切り札が、自ら出場を望んだ敗戦処理で心技両面で立ち直りの兆しを得たのだ。完敗したとはいえ、まだ勝率は5割。負け試合も、みんなが大切にする気持ちを持続させれば、そのうちにいいこともやって来る…。 (編集委員)
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2000年5月11日付紙面掲載 | ||||||
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