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阪神 1―0 ヤクルト (4月23日)


2000年の戦い
井関真


連載目次

星野助けたベンチワーク

ヤクルト“ビビらせ”主導権

 7年ぶりの7連勝の次は、14年ぶりの8連勝と来た。どこまでも続くこの快進撃。薄氷を踏むような1―0の投手戦の最後にカタルシスが用意されていたとあって、4万8000人のファンはまたまた大変な喜びに浸ることができた。

 それにしても、セ・リーグ移籍後初完封をやってのけた星野伸のピッチングはもはや至芸の域だ。先手を取って相手の焦りを誘い、緩い球で打ち取って、いよいよ焦りを募らさせて行く。ヤクルト打線は、回を追うごとに軟投派の術中に深々とはまり込んでいった。

 打者31人に対して安打はシングルヒット4本だけ。奪った三振は4個で、あとは凡打の山…。実際のところ、1つストライクを取るだけで、もう星野伸のペースが築かれるのだ。あとはボールになる緩い球を内外角にていねいに散らして、打ち損ないを誘って行く。

 空振りやファウルをのぞいて、見逃しで2つストライクが続いたケースは31人中たった1度。2回古田の3、4球目だけという徹底ぶりで、星野伸がいかに球を散らばらせたか、その事実がはっきりと示している。ヤクルト打線もそこの見極めまではできても、その先は先行されている焦りも手伝ってボール気味の球を振ってしまう悪循環を最後まで繰り返した。

 捕手の矢野は「バッテリーを組んで勉強させてもらっています」と謙虚に話していたが、確かに野球というある種の心理ゲームを、ここまで精密に制御できる投手は少なかろう。投げる球のコントロールも、心理面におけるコントロールも、まさに最高であった。

 ところで星野伸を手助けするとともに、ヤクルトをなお焦りの泥沼へひきずり込んだのは、ベンチワークのサエだった。3回1死後、星野伸は唯一の四球を飯田に与える。次の真中のカウントは0―1。ヤクルトはエンドランでかく乱に出て来た。飯田が走る。が、阪神ベンチはこれを見破り、ピッチドアウトして、真中を空振りさせ、二塁で飯田を殺したのだった。7回にもう1度、ヤクルトはエンドランを仕掛けたが、もはや怖じけづいた風情で、内野ゴロで進塁を助けるのが精いっぱい。作戦面でも、阪神は常に優位に試合を進めて行ったのだった。

 さて25日からは広島との首位攻防戦。9連勝なら14年ぶりで同じなのだが、連勝を10まで伸ばすと、今度は18年ぶりの快挙ということになる。

(編集委員)


2000年4月24日付紙面掲載 
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